『航跡362:友情』
 
今回ようやく尾栗の状態がはっきりしましたね。
ということで、やはりここはファンとしてとりあえず今回限りの復活。
 



 
 
さて、どこから書き始めましょう。
今までまったく動いてなかった話が、今回はっきりと提示された尾栗の死によって今後の展開の指針が示されたような気がします。私としては。

マンガ的ストーリーとして見た場合、三羽のうちで命を落とすとしたら尾栗しかあり得ないわけで、それに関してどうこう言うつもりはまったくありませんが、今回個人的に、あくまもで個人的に言わせて頂ければ、角松のあの冷静さに救われる思いがしました。
それは、「みらい」において彼が尾栗の死を覚悟している描写があってこそ生きてくるものであるのではないだろうかと思います。まったくかいじ先生には頭が下がるばかり。

何よりも「尾栗に会えた」という角松の言葉。

角松は確かに一見何も考えてないような脊髄の人ですけど、あれはあれで自分の信念の元に動いているでしょう。つまり、「草加に原爆を使わせてはならない」という信念の元に。
“彼は一貫性がないという事に関しては一貫している”という笑い話がありますが、あの人そこまでひどくはないと思いますよ。
だからこそ、私もあのシーンでは素直に草加に対してありがとう、と思えました。
尾栗に会わせてくれてありがとう、と。

大体「みらい」の乗員が命を落とすごとに、草加も傷ついているはずです。
ほんの僅かとはいえ、共に過ごし、友情を感じるほどにまでなっていた「自分を救った連中」が命を落とす事を良しとする人間なんていないでしょ。
最も彼の場合、友情が一周した挙句にどっかいっちゃって憎悪になってる部分もあるようには思えますけどね。何故あのとき自分を救ってしまったんですか、という気持ちをも抱えてる、というのも事実でしょうし。そうしたら自分はこんな事やらなくて済んだのにって。
それを踏まえて思います。むしろ、草加は彼らに自分を止めて欲しいんじゃないだろうか、と。それが無意識にしろ意識の上にあるにしろ。
だから角松が主人公なんだよ。

で、物語として捉えたとき、この死には意味があるのかというと。
私はきちんとはあると思います。むしろ、上記でも書いたように今回のこの話が先の指針となるのではないかと思えてなりません。
尾栗が成し遂げたことなんて、あの僅かなエピソードにしか目を向けてないときには意味なんて感じないし、見えてこないものもたくさんありますが世界中を見渡したときに初めて見えるものがあるかなと。
つまり、この物語に存在するのは「みらい」と「大和」だけじゃないって事です。
少なくともあの2艦の状態を見て米国は考えを改める契機となったわけだし。
確実に動いているでしょう、もちろん国内も。
例え描かれてなくてもきっと他の国も。

尾栗が死ななきゃならない意味が解らない。というのは違うと思うのですよ。
じゃあ、あれが他の「みらい」乗員だったら良かったの?と言うと違うでしょ。
尾栗は決して他の誰かのために生きてきたわけじゃないんです。
彼の人生は彼だけのものであって、「大和」を止める事。つまり、草加に、日本人に、原爆を使わせないことがあのとき尾栗の一番重要なことだったのであろうと思います。
角松に託されたからでもなく、自分で考えて必要だと判断したからこその行動だったんだと。そうじゃなきゃ、あんな無茶しませんて。
菊池が帝国に一時期組したのも、角松がやたらと草加に拘るのもすべて「原爆」があるからこそだったはずです。
それは、本能的にそれが含むあらゆる怖さを嫌悪できる未来人と現代人の差であるのではないかと思うのですよ。
私は「ジパング」においての未来人という立場に立ったとき心底怖いですよ。原爆を使われるのが。
あの時点で「大和」を止め時間を稼ぐ事に意味があると思った、だからそうした。それだけでも充分意味があるでしょう。立派な動機になり得るでしょ。
彼らだって神じゃないのだから、視点は一定で自分の見える範囲で物事をより良い方向に持っていく事しか出来ないわけです。
で、尾栗の死にも青梅さんの死にも、まあマンガとしてはただ単にストーリーを面白くするためだけ、という事なのかもしれませんけど、そういう考えは除外するとして思うのはですね、例えば青梅さん。
あそこで「大和」乗員を巻き込んだことに意味があるんじゃないかなとすら思います。
今までの人命尊重は何だったんだよ、と思われるかもしれませんけど、それこそ今まであの場に居てすらも未だにどこか「自分たちには無関係」だと思っていたであろう未来人たちへの警鐘として。
戦争とはかくあるべきとは言いませんが、覚悟の違いというものは確固として両者を分けていたと思いますから。
「みらい」乗員があのまま艦内をウロウロしたってきっと何にもなりゃしません。
弱点の一つである後部副砲塔に“保険”をかけたとしても、そんなもの使えないでしょう、あのままの彼らには。
「みらい」に仕掛けられた起爆装置が何の意味も成さなかったのと一緒で。

「龍驤」で滝が「自分たちは大丈夫と思ってないか」と言った通り、ここにきてもなお、彼らが「自分たちは大丈夫」と思っていなかったとは思えません。
だって、思うでしょ普通。あまりにも非現実だもん。
あの場で現実を見つめようとした人間たちは少なくとも確実に何かを成し遂げていると思います。
梅津艦長なり、菊池なり、立花なり、尾栗なり、青梅さんなり。
それ以外の人間は読者も含めて思っていたのではないでしょうかどこかで「大丈夫」だって。ひょっとしたら角松さえも。

あの場で「貴様を殺してでも」と、角松に言わしめる覚悟が必要だったってのも一つの意味だったのではないでしょうか。
つーか、だからあのとき撃っておけば……。
まあ、その覚悟の差が今の状態を招いてるわけですがね。
草加と角松を対峙させ、米国を動かし、日本人に原爆を使用させなてはならないという現実を皆に突きつける。
尾栗が今回果たした役割は他の誰にも出来ないし、とても重要で意味がある事だと思います。
意味のある離脱だったと、少なくとも私は思いますよ。
今後きっと戦後編はないような気がしますが、今物語が大きく動くにはあれしかないんじゃないかなと。そんな感じ。
これ以上書いても収集つかなそうなんでこれにておしまい。
以上。


---<ちょっとだけ追記>---
 今回の記事は人様に読んで頂く、というよりかは自分のためにだけ書き起したものですので、
 非常ーーーに読みにくい仕様になっているかと思います。
 改行含め、言葉も諸々。
 それでも、読んで頂いてる皆様ありがとうございます。
 感謝です。

 ちなみに、皆様もう既にご存知かとは思いますが、あまりに不親切だったと思うので
 一つだけ補填として。

 >後部副砲塔に“保険”

 というのは、大和型には後部副砲塔の下に爆薬庫があるからです。
 簡単に言うと(簡単すぎるわ)つまりそういう事。
 
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by 昌。 by aj-15 | 2008-06-27 16:36 | ジパング | TOP▲
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